ピッタシいかないねえ

長期の旅行に出かけようと思って、頭に充電器を差し込んだ。
時間がないというのに、子供たちが遊んでいて、飛行場がなかなか空かない。
さっきからずっと、プロペラ機が頭の上を旋回している。


飛行場は、末端に行くほど大きく茂っている。ちょうど、ブロッコリのように。
その奥にある根本はとてもシンプルなものだが、表層に近づくにしたがって複雑多岐な構造をなし、
ひとつひとつを目線で眺め始めると、別な宇宙に入り込んでしまう。


ここはひとつ、気を落ち着けて、鉄道の様子をうかがってみることにしよう。
猫をどかし、ふたをはずすと、中はJRの駅になっている。
ふわり、と人いきれがたちのぼってくる。さすがにこの時間は混んでいるなあ。


空港行きのホームを見ると、ちょうど電車が入ってきたところである。
なんだ。けっこう空いているじゃないか。じゃあ乗るとするか。



「おや、本田さんのご隠居さんじゃありませんか」


向こうの席に、三味線の師匠が座っている。
このところ、お稽古をさぼっているので、出くわすとばつがわるい。気付かないフリをしよう。
電車は発車したが、早々に退散して、ふたを閉める。猫がまた飛び乗ってくる。
駅からの熱で、暖かいのだろう。


あっ。そういえば、電車の中に旅行鞄を忘れてきた。


取りに戻ろうかとあわてたが、考えてみたら、その必要は無いと思い当たった。
いま飛行場にいるのだから、待っていればいいのである。じき、あの電車が来るだろう。


「ご隠居さあん」


師匠が旅行鞄を持ってきてくれた。ますますばつがわるい。
ロッコリが、ふわさっ、と枝葉をひろげてきた。


まったく、ピッタシいかないねえ。


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