2008-01-01から1年間の記事一覧

あっちへ

どうもこの数日、いろいろなものがはっきりしてきてしまい、 もうこの世界で明日が昨日になろうが、 いっしょに歩いていた犬が知っている誰かに変わろうが、 鏡に映るのが自分じゃなかろうが、当たり前になってしまった。 それより、見えない世界の方が格段…

表札を見に行く

ぼーん。ぼーん。ぼーん。みっつ音が鳴り、3時を報せる。 鳴ったのは、岡田さんちの表札だ。いつもぴったり3時に鳴るのだ、この表札。 なんで俺がそれを知っているかというと、いつも3時になるとここにくるからだ。 ああ、もうすぐ3時だな、もうすぐ鳴る…

解ったか

ベランダに布団を干していると、大きな仏像が表を通りかかった。 そして鼻で布団に泥水を吹きかけると、こちらをしっかり見据えてこう言った。 「雪の結晶も、蜘蛛の巣の形も、籠の網目も、自然の意志だ。 自然の意志は、数学なんだっ。解ったかっ」 人気ブ…

アリを動かす

公園で、毎日毎日、アリを見ている男がいる。 「ご趣味ですか」と聞いてみると、趣味ではないという。 「アリを動かし続ける。止まりかけたら、砂糖を撒いてアリたちの気を引く。 これが仕事なんですよ」 蜜を集めるのか、それとも何かの栽培につながってい…

流星カフェ

フランスの田舎町。 ホテルから出て、雨の石畳を歩く。 ここらはカラフルな店が軒を連ねていて目に楽しいが、 今日は雨のせいで人通りがほとんどない。 道の両脇の店はどれも平屋建てで、空が大きく見える。 もしかしたら、ここは中国かもしれない。 店の中…

ぶくぶく

ざんざん降りの墓場で、大男に組み伏せられてしまった。 「ふふふ。ここがお前の死に場所だ」 短剣を取り出し、太い腕で突き立ててくる。 負けるもんか。その腕を両手でしっかとつかみ、握り締める。 剣は目の前。渾身の力で、雑巾をしぼるようにして、男の…

対策として

レストランの化粧室を出ると、そこに床はなかった。 すんでのところでドアの取っ手をつかみ、ぶら下がる。 ここはビルの外。下は、6階ほどの高さがあるようだ。 化粧室のドアは、ゆっくりとぼやけ、ビルの外壁に消えつつある。 なんでこんなことに、と嘆い…

夜の山肌

列車の窓から眺める景色は、遠くの山並み。 これから湾の入り江を回って、太平洋を望むのだ。 行く手には、ひときわ異彩を放つ真っ黒な山。 昼なお暗く、ひと足先に日が暮れている。 その黒の深さは尋常ではなく、あたりの景色を吸い込むほど。 見よ、工場の…

わっはっは

夜、便所へ行こうと縁側を通る。 すると、ぼうっとした影のようなものが、むこうの軒下に見える。 いくら眼をこらしても見えない。 こりゃあ、集中力というものが足らんのだ。 集中力を探すが、見当たらない。 ありゃあ。どこへやったかなあ。・・・と思った…

片割れと全体

ベッドに腰掛けていると、足首をぐいっとつかまれた。 見ると、ベッドの下から二本の手が伸びてきている。 びっくりして手を振りほどこうと足をばたばたさせたが、どうにもならない。 そのまま、ベッドの下へ引きずりこまれてしまった。 気がつくと、自分は…

直飲み

のどが渇いてるんだあ。冷蔵庫から直飲み。 真っ白な機体を傾け、ごくごくごく。中身は何だ? おや、ドアを開けると、冷蔵庫の中は畳敷きの大広間だ。 奥まで並べられた長机には、肩幅ほどの間隔でずらりとコップが。 コップは、どれも空っぽだ。飲み物は入…

黒いすいか

お不動さんの日、門前はすいかでにぎわっていた。 どこから集まってきたのか、あかるい緑に縞々模様の丸い姿が、ごろごろしている。 空は高く、今日はいい天気。すいかたちも、汗をかいている。 ばちゃり。 金魚すくいの水槽に、すいかがひとつ落ちる。まる…

終点

バスに揺られ、おもわずウトウト。 ひょっと目を覚ましてまわりを見ると、乗客が全員、お地蔵さんになっていた。 たいへんだ。えらいことですよ、運転手さん。 運転席を見ると、お地蔵さんがハンドルを握っていた。 「バスの走行中は席を立たないで下さいね…

異空間との日常

外へ出ようとドアを開けたら、どうも様子が違う。八角形の広いロビーになっている。 ぐるりに大きなはめ込みガラスがはまった空間は、陽が入ってとても明るい。 真ん中にはちいさな螺旋階段があり、それを降りると砂浜につながっていた。 向こうに、打ち寄せ…

パスタの歴史

宇宙にまだ何も無いころ、 そこにはただ「スパゲティーサークル」だけがあった。 −パスタの歴史(高等数学編)より 人気ブログランキングへ

ホクロ落ち

電車に乗っていると、なんだか磯くさい。 うしろを振り返ると、ドアの脇に、でかい伊勢エビが立っていた。 真っ赤な背中が、蛍光灯の青い光で、すこし乾いた光沢を放っている。 伊勢エビの背中には、甲羅の一枚ごとに鍵穴がついていた。 厳重な警戒だ。 中は…

どいつもこいつも

街角で、署名を求められた。 「歯磨き推進委員会です。よろしくおねがいします」 男は、口に歯ブラシをくわえて、さかんにしゃかしゃか動かしている。 街なかで歯磨きはどうかとは思うが、有言実行は好ましい。署名した。 「ありやとやーす」 男の様子が、変…

帰ってきた夕陽

なんだかがっくりとした気分で、浜辺へ来た。 海は一面に灰色で、空はそれと対照的に、鮮やかなオレンジ色。 夕陽も無いのに、この無駄な鮮やかさはなんなんだ。海を見習え。 とんでもなく投げやりになった自分は、左腕をちぎると、海へ投げた。 灰色の海は…

正義の闘い

旅館に遅く帰ってきてしまったので、風呂もぎりぎりだ。 脱衣場に入ると、けっこう込んでいるようで、服がたくさん脱いである。 ガラスの引き戸を開けると、それほど広くも無い浴場は、やはり混雑していた。 桃太郎、犬、猿、キジ、それに鬼。 全員が湯船に…

真夜中の甘味

真夜中。もう早朝と言ったほうがいい時間。 空気はキンと冷え切り、こんな中に目を覚ましている自分の脳も、冴え渡るようだ。 守衛用のちいさな箱を出て、だだっぴろい駐車場を見渡す。 なあーんにも、ない。 車一台、停まっていない。この、気持ちよさ。 月…

幾何学の果てに

夜の国道を、おばあさんがふたり走ってくる。 西と東両方から斜めに直進し、エックス字に交差し、そして視界から消えた。 つぎは四人のおばあさんが走る。 今度は米の字に交差する。ウサギやタヌキたちが、道の脇から見物している。 おばあさんは、次第に複…

船は、船の中で

身動きも出来ず寝転がったまま、会社を出る。 世界中の全てを愛してやりたいが、このままどうなるものか。 まるで船の中のように、あたりにあるすべてが板切れで出来ている。 板切れのすき間から、ちいさな花が顔を出した。 どこへも行けないのは同じだが、…

「にゃる」の気配

家の近くに、お寺を見つける。 散歩コースからはずれたところに、意外な発見をするのは楽しいものだ。 お参りしたあと、長い石段を降りる。 石段の途中、脇には公園があって、小学生くらいの女の子がいっぱいだ。 下からも、続々と女の子が上がってくる。 ハ…

近所の不確定性

帰りがけ、街角の古本屋をひやかしてみる。それほどたいしたものは無さそうだ。 美術書の棚に、A.ブルトンの書いた大判の絵画評論集がある。タイトルがよく見えない。 手にとって見ると、ブルトンではなかった。でも、面白そうだ。 この本屋は、屋外で露天…

姥捨て工場

この村に飢饉がおそい、こりゃあ口減らしをせにゃあなんねえ、 ということになった。 うちの家族には、年老いた母がいる。 母ちゃん。すまねえけど。そう言って、背負い子に母を座らせた。 背中の母の重みを感じながら、拝むようにして山道を登る。 まだ生き…

立体交通

妻と一緒に、ある駅で降りる。 あたらしい家を探してここに来たわけだが、まったく不案内で途方にくれる。 見上げると高い木々の緑がいっぱいに繁っていて、住環境はよさそうだ。 しかし、交通がとても激しそう。 葉っぱの茂みのあちこちから伸びるレール。 …

茶室で

お茶の用意が出来るまで、待合で座って待っている。 ちいさいながら、どこを見回しても風雅なつくりの建築は、 侘びていながらもなんだか贅沢だ。 「ネコと牛とワシ。どちらになさいますか」 和服の女性が聞いてきた。 なんだかよくわからないので、ネコ、ウ…

体をはがす

布団の中で夢を見ていると、不自由だ。 それが例えどれほどアクロバティックな話であったとしても、 肉体は床に伏したままなのだから、基本的なところで自由は利かない。 まるで寝そべる犬のブロンズのように、自分は道端に張り付いている。 しかしここに寝…

水車の図書館

村の図書館は、丸木橋を渡ったところにある。 大きな木の水車が川から水をくみ上げ、書棚の間に流し込んでいる。 一階は児童書で、二階が一般書。 水は二階にも供給される。ここにも、水車が使われている。 史書たちは、カウンターの中で本を選別する。 そし…

秘密の花園

近所のマンションに住むキタンさんの部屋にお邪魔したとき、 うちの家の屋根を、初めて上から見た。 知らなかったが、じつは屋上があったのだった。 そこには赤や黄色のチューリップが並び、ミニSLも走っていた。 あんなものが備え付けられてあったとは。 …