2008-04-01から1ヶ月間の記事一覧

ちいさないのちによせて

はじめてヤモリを見たのは、小学生のときだった。 夜、寝床を敷いていると、本棚の上に、なにか白い影のようなものが貼りついていた。 よく見ると、しろいトカゲみたいだ。 これが、ヤモリというやつなのか、とすぐに分かった。 害虫でないことは知っていた…

霊界ポスト

冷蔵庫を覗いたら、手紙が入っていた。 どうやら、いつも隅っこに座っている幽霊かららしい。なんの用だろう。 封を開けようとしたら、幽霊があわてて、身振りで「あけるな」と言っている。 俺宛てじゃないようだ。 そういえば、こないだ柴漬けの詰め合わせ…

勘違い

郵便ポストに飛び込み、「日比谷まで急いで」。 まあ、行くわきゃないわな、と苦笑いして外へ出ると、ほんとに日比谷。 これはすごいシステムだな、と、非常に感嘆したのだった。 さて、待ち合わせに間に合ったし、彼女を探そうか。 しかし、いくら探しても…

山ポスト

深山に分け入ると、空気がうまい。 なんだか、こころが浄化されるようだ。 こういう環境は、手紙を書くにもふさわしい。より澄んだ内容の文が書けるのだ。 テントから出て、キンと冷えたせせらぎの水で顔を洗い、朝もやの中を出発。 ポストを探すのだ。 朝一…

ちいさな郵便配達

大空から、落下傘をつけたちいさな郵便配達たちが、 俺の郵便受けに配達に来ます。 みんなにこにこ笑いながら、つぎつぎに郵便受けに入ってゆきます。 中で、何をしているのかなあ? そおっと覗いてみると、中には真っ赤な郵便ポストが入っていました。 そし…

砂漠の豆腐屋

もうふらふらだ。一歩も歩けない。 どこまで行けば、この砂漠は終わるのだろう。 水も食べ物も、もう長いこと口にしていない。 このまま砂漠が続くなら、自分の命はじきについえるだろう。 ゆらゆらとゆらめくかげろうの中から、人影が現れた。 ごましお頭に…

におい

曇っていた空から太陽が顔をのぞかせ、 目の前が明るくなった。 ふいっと、景色が違うものに見えていることに気がつく。 モノクロとカラーぐらいの違いだ。あらゆるものの色彩が、 ぐっとこちらにひしめくようにしてせまってくる。 これは、あの夏休み、田舎…

蓄積されたもの

死神が現れて、言った。 「おまえ、明日死ぬからな」 そんな未来のことがわかるもんか、と言い返すと、 死神はフフンと鼻で笑った。 「自分の未来のことは、俺だって知らんさ。 でも、お前の明日は分かる。全部、過去の記録そのまんまだからだ」 ・・・それ…

少年時代

ヤスオは、ひとり川ぶちに立って、水面に石を投げ込んでいた。 学校がつらくなると、ヤスオはいつもここへ来る。 向こう岸に見える工場の煙突は、いつもまっくろな煙を吐いていた。 どろりとにごった川底は、ヤスオの鬱屈したこころにぴったりくるように思わ…

ぼやけた顔

いちばん古い記憶は、幼稚園に入る前。 父と母に両方から手を引かれ、ぶら下がるようにして家に帰る、 自分のうしろ姿。 父や母の顔は、いつでもぼやけていて、思い出せなかった。 学校で父の絵を描かされたとき、憶測で描いたら、 知らないどこかよそのひと…

鮮明な記憶

目の前の景色が、くるくるとスクロールのように丸まって、地面に落ちた。 いま目の前に見えている景色は前のと同じだが、どこか雰囲気が違う。 小さいころに見た、記憶の中の、どこかなつかしい景色なのだ。 その景色をじっと見ようとすると、またそれもくる…

またたく風景

湖の水面を眺めている。 ときおり吹く風に立つさざなみを、そして、その下に泳ぐ魚たちを。 湖のほとりには、森の木立が並んでいる。 緑に生い茂る葉も、ときおり吹く風に、さわさわとゆれる。 そんな光景を眺めているうちに、だんだん視線はあいまいになる…

呪いのシチュー

森の中を歩いていると、神社をみつけた。 赤い鳥居と、きつねの向こうに、ちいさな祠が見える。いいものだなあ。 もうすこし行くと、また神社があった。 それからまたもうすこし行くと、また神社があった。 どんどん行くと、たくさんの神社が群生しているス…

俺を見殺しに

川辺に降りようとして、湿ったコケに足を取られた。 それは一瞬の出来事だった。 俺の肉体が、濁流に吸い込まれてゆく。つかまえるひまもなかった。 それを見ていたのは、俺の魂だ。 魂の方はこうして、岸辺に残っている。幽体離脱、ってやつだろうか。 波間…

さるのこしかけ

助けてください。まだ死にたくありません。 チャールズ・ブロンソンのような、苦みばしった西部の男が、 俺のこめかみに銃を突きつけている。 自然公園のベンチ。緑の葉のあいだから、鳥の声が聞こえる。 「残念だが、おまえは死ななければならない」 ブロン…

背骨

夜道で、男の首吊り死体を見つけた。 全体からにじみ出る雰囲気は、一本の木のように静かだが、 下がっている本人は「びっくり!」とでも言っているような顔つきをしている。 そして、びっくりしたまま、静かに凍りついていた。 しばし呆然としてながめてい…

誕生日

暗い嵐の晩だった。 もう寝ようかと寝どこをこしらえていると、庭で笑いさざめくような声がした。 なんだろうとガラス戸を開けて見ると、垣根の下をかいくぐって、何か入ってきた。 暗い中、ようく目をこらして見ると、大きなケーキではないか。 ケーキは、…

海辺のトーク

血だらけの男が防波堤に、こっちを向いてたたずんでいる。 どんよりとした空。重たい灰色の雲。 うしろでは、波がコンクリに打ち寄せては、白い泡となってくだける。 男の足元には、なぜかリモコンが落ちている。 電源を入れると、男がしゃべり出した。 「俺…

向こうから来るのは

昼食時の、スクランブル交差点。 信号変わって、群集が歩き出す。 向こうから歩いてくる女が、どこか変だ。 よく見ると、腰から下が無いまま、宙に浮いている。 目を合わせないようにして横を通り過ぎようとすると、 女の服の下から、ちいさな緑色の宇宙人が…

星の輪っか

「人間は、それ自身で一本の道なのだ」 大王は言った。 「目の前の出来事に対して、どう反応するか。 そして、行動として何を生み出すか。 その道筋はいつも決まっていて、同じ軌道を回りつづける」 大王は、机の上に土星の縮小モデルのようなものを浮かべた…

ブラックホール

犬を散歩させる。 土手の上は一面群青色で、もやのようなものまでかかっている。 夜明け前なんだか、日の暮れた後なんだか、さっぱりわからない。 いつのまにか、となりを歩く犬が、中学の時の自分になっている。 姿は中学の時のままで、なにも変わるところ…

ワンセット

教会裏の墓地。 芝生の上で眠っている人が、そばに掘られた穴に生きたまま埋められるのを見た。 埋められた人は、それこそ死に物狂いで土をはねのけ、飛び出してくる。 そりゃそうだろう。 一息ついたあと、そのひとは、墓のそばに据えられた食卓につく。 そ…

完成と過程

おじいさんとおばあさんが、大きな桃を割ってみたところ、 中から元気な男の子が出てきました。 元気な男の子を割ってみたところ、犬が出てきました。 犬を割ってみたところ、サルが、そのサルを割ってみると、キジが出てきました。 キジを割ってみたところ…

女を追う

どうも、心にぽっかり穴があいたようにくさくさしてしょうがない。 そんなことを思いながら街を歩いていると、見覚えのある女が前を歩いている。 あの背中。だれだったか。 信号で横へ行って顔を見てみようと思ったが、うまくいかなかった。 女はどんどん歩…

峠のおばあさん

夜の峠道。 車を走らせていると、横を並んで走るおばあさんがいる。徒歩で。 ああ、見てはいけない。見てはいけない。 そう思って無視していると、おばあさんが窓ガラスを叩いてくる。 なにかとっても重要なことをいいたげな表情だ。 窓を開けると、おばあさ…

そうきたか

夜中、トイレに入ると、だれかが外からスイッチをぱちん。 真っ暗になった。 だれなんだ、と怒ってドアを開け、ふたたび明かりをつける。 と、横からすーっと白い手が出てきて、またスイッチをぱちん。 また真っ暗に。 なにをするんだ、ともう一度スイッチを…

命がけ

営業にまわっているのだが、成績がちっともふるわない。 低きに流るる水のように地べたばかり這い回っているから、 気前のいい顧客にも出会えないのだろう。 どうだ、あのビルのてっぺん。遠くからも見える、あの鉄塔。 あそこにだれか、気前のいい社長がい…

つわものども

戦火に追われ、流れ着いた先は田舎の寒村。 そこにあるちいさな神社の祠を、仮住まいとする。 だあれも来ない。聞こえるのは、鳥と虫の声だけ。 これはこれで風流なもんだと気に入った。 ある朝、ものすごい数の足音と、ただならぬ気配で目を覚ます。 破れ障…

ヤマバト

うちに届いた牛乳を、毎朝ヤマバトが勝手に飲んでしまう。 なぜなら、玄関にある牛乳入れの箱が、彼らの巣になっているからだ。 なら、牛乳の配達人に言って、ビンを入れる場所を変えてもらわなくてはならない。 三日ほど前から、仕事を休んで玄関を見張って…

生きる意味と、死ぬ必要

もう生きていてもしょうがない。 そう思った。もう死のう。 縄を輪っかにして吊り下げ、首を通す。 踏み台を蹴ろうとして、フト隣を見ると、誰かいる。 それは俺だった。俺は、同じように輪っかに首を入れようとしていた。 反対側の隣りにも、俺がいた。 部…