春の夜の夢

仕事の帰り、いつもと空気が違うのに気付く。
・・・なんだろう?


足は、なぜだかいつも通る道をはずれ、森林公園の中へ。
水銀灯が、ところどころに青い明かりを落としている。


丸太を組んだジャングルジムの下に、だれか居る。
その手前の暗がりでは、ベンチの塗料が、淡い照り返しを見せている。


地面では、落ち葉がじっと湿っている。
なにかが落ちているが、よく見えない。
道が直角に折れる。この向こうは、深い森だ。
フト眼を上げ、そこに立ちはだかるものを見て、思わず足が止まった。


満開の桜。


薄桃色に浮かび上がる、その姿。
「ここにいるよ」と自ら光を放っているようだ。


そうか。春なんだな。


しばらく身動きもせず、そこに立ち続けた。
言葉にならない気持ちが、わいてくる。なんと豊かな時間だろう。


―ここへ来て、よかった―


なんだか、心からそう思えた。
その気持ちを、こぼさないように、ゆっくりと気をつけながら帰路についた。


次の夜。
また公園を通った。
もちろん、もう一度あの桜を見るためだ。
同じルートを通り、あの曲がり角へさしかかると、足が止まる。


・・・あれ?


おかしい。
桜が、無い。
森の中へ踏み込む。あの桜があった場所へ。


濡れた落ち葉の中に、切り株らしいものが見てとれた。太さからして、ゆうべの桜だ。
触ってみると、切り口がズタズタになっている。
誰かが切ったというより、自然に折れた感じ。無残だ。ゆうべまで元気だったのになあ。
しかし、よく見れば、それは今日の日中に起こったとは思えなかった。
どこにも花びらが散ってないからだ。


そういえば、最近、大きな嵐があったなあ。


さらさら、と風の音がする。
薄桃色の花びらが、まるで何百年も前と変わらず、ここに降り続けるかのようだ。
こうしてこの場所へ自分を呼んでくれたことに、感謝する。


いつまでも、ここに立ってておくれ。いつまでも。


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