新生活へ

畳をあげると、下に降りる階段が続いていた。
ここはマンションの自室であり、しかも4階だ。
この階段を降りると、下のお宅におじゃますることになるのはあきらかだ。
いったい、なぜこんな階段が?


気になるので、こっそりおじゃましてみることに。


足音をしのばせて階段を降りる。
ワックスのかかった木の段はわりと新しく、日常で普通に使われているように見える。
手すりから見下ろすと、うちと同じ間取りのリビングがある。
でも、やっぱりよそのお宅は雰囲気がおおきく異なっている。
だいいち、うちには、室内のどまんなかにこんな階段は無い。


しばらく段の途中で躊躇していたが、だんだん気が大きくなってきて、下へ下へと降りてゆく。
5段目、3段目、そしてついに床へ。
ああ、とうとう他人の住居に無断で侵入してしまった。


「お父さん?」


子供の声がする。
はっとしてふり返ると、赤いランドセルを背負った女の子だ。
ああ・・・見つかってしまった・・・穴があったら隠れたいよ。
後悔の念と、申し訳なさでいっぱいになる。俺は不審者だ。俺は・・・


・・・え?
しかし、「お父さん」って、どういうことだ?
すぐに疑問がわいてきた。


「あら、あなた。いままでどこに行ってたのよ!」


キッチンからその子の母と思われる女性が現れ、目に涙を浮かべている。
何が起こっているんだ?さっぱり分からない。
とにかく、自分のここまでの足取りを確認しようとうしろをふり返って、またびっくり。


自分の降りてきた階段が、ない。
そりゃそうだ。
リビングのどまんなかに天井まで続く階段がついたマンションなんて、無いものな。


そういうわけで、下の階のお宅に、俺は一家の主として住むことになった。
彼らによると、俺はいままで神隠しに遭っていたらしい。
とりあえず自分の所持品を持って来ようと上の階に行くと、そこは屋上だった。
もともと3階建てなんだそうな。


もう、どうにでもしてくれよ。


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