命がけ

営業にまわっているのだが、成績がちっともふるわない。


低きに流るる水のように地べたばかり這い回っているから、
気前のいい顧客にも出会えないのだろう。
どうだ、あのビルのてっぺん。遠くからも見える、あの鉄塔。
あそこにだれか、気前のいい社長がいるんではないかしらん。


塔屋の鉄扉を開けて屋上に出ると、はたして、それらしい人がいた。
まっしろなフンドシひとつで、仁王立ち。


「わはははは。よくきたな」


こころよく迎えてくれそうだ。
社長は、こちらの度胸を試すため、バンジージャンプを勧めてきた。
変わった趣味はいいんですけど、まだ死にたくありません。


「だいじょうぶ。だいじょうぶ。これで死ぬやつは男じゃない。わはははは」
なんだかよく分からないままに、ロープをくくりつけられ、鉄塔の上へ。
すごい大風が吹いている。


はたはたとシャツが風になびく。
ネクタイは、もう背中へ行ったっきりで、そこでなびいている様子。
ふんどし社長に即されて、思い切ってジャンプする。


ああ、なんだか気持ちいい・・・。
意識が遠のいてゆく。


目を開けると、まだ宙に浮いているようだ。
時間が停まって見える、とはこのことか・・・?
なぜか鉄塔が下に見えることに気付く。
どうやら自分は、凧のように風をはらんで空に浮いている模様だ。
バンジーのロープが、はちきれんばかりに引っ張られ、ビンビン鳴いている。


まいったなあ。


「よおーし。気に入ったぞおお」
フンドシ社長が、こちらを見上げて叫んでいる。
「ところで、キミは、何を販売にきたのかねえええ」


そういえば、何を売っていたんだっけ。
いくら考えても、それが思い出せない。


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