湿気た再会
どうやら俺は、死んだようだ。
あの世で、数年前に死んだオカンの住む家に来ている。
外は電車でも通っているのか、かたかたとちいさく壁が揺れている。
「俺の人生では結局、なんにもたいしたことは出来なかったよ」
そう報告すると、オカンは目を伏せたまますこしだまった。そして、
「あんた。おなかすいてるやろ。なんか買うてくるから、そこらのお菓子食べといて」
と言い残し、出て行った。
急な訪問に、独居老人の部屋には蓄えがなかったのだろう。
いや、あるけどまた同じものを、訪問者のために新品で買ってくるのだ。
ちいさなアパートのような部屋は、さみしい小物でみっしりして見えた。
茶箪笥を開けると、封のあいたお菓子がいろいろ入っている。
どれも今は見かけない古いもので、食べてみると湿気て味がなくなっていた。
こうやっていつも、いつも、老人は湿気て古くなったものばかり食べているのだ。
今日は、せめて俺がみんな食べて空っぽにしてやろう。
あるだけのお菓子の袋をこたつの上に出し、片っぱしからたいらげる。
どれを噛んでも歯ごたえが無く、味も無い。
かたかたかた、と揺れつづける壁に背中をもたせ、ひたすら噛んだ。
噛んでも噛んでも、なんにもない。ここでは、こうなのか。
はやくオカンが帰ってきてご飯を作ってくれるといいんだが。
目の前の風景が、足元の方へどんどん流れてゆく。
背中の壁が、かたかたいいながら、上へ上へと動いているようだ。
・・・いや、違う。
これは病院のストレッチャーではないか。
俺の口には脱脂綿が入っているらしい。
「先生、患者さんが気付かれました」
看護士の声が聞こえる。
ああ、まだ生きているんだな。
結局、またあっちでもオカンに親孝行しそびれてしまった。
いつもこうなんだ。