失われた舞台

舞台、暗転。よし、今だ。
真っ暗な舞台中に出て行って、板付き。
蛍光のテープを目印に立ち、ポーズをとる。


明かりが入った。


セリフを言おうと顔を上げると、様子が変だ。
あたりを見回すと、いつのまにかここは酒場の中。
急に立ち上がってポーズをとった俺に、呑んべえの連中が目をまるくしている。


なんだか、気まずいなあ。
酔ったフリをして、頭をかかえ、テーブルに伏す。
あたりが騒がしくなり、口笛と、拍手が聞こえてくる。ウケてしまったようだ。
なんだよ、傷を広げるようなことすんなっての。


鳴り止まない拍手に、いいかげんにしろと思って立ち上がると、また舞台の上。
カーテンコールだ。
緞帳があがると、客席は満員御礼、一同総立ちでの拍手喝さい。


いやあ、照れるなあ。


それでも、ふかぶかとお辞儀をしてみせた。そりゃあ、これだけ拍手をもらっちゃあね。
ありがとう、ありがとう。


舞台袖から、黒ずくめでヒゲ面の、ガタイのいい連中が来て、脇を抱えられた。
舞台裏へ引っ張り込まれる。
入れ替わりに、貴族の衣装の男が出て行って、いっそう拍手が大きくなった。
俺じゃなかったのかよ。


「先生困ります。作者が出て行くのは最後ですから」
舞台監督に怒られる。
そうか、そうか。俺は劇の作者なのか。


舞台裏は、さっきの酒場そっくりだ。
もうそろそろ俺の出番だろうと舞台袖に引っ返すと、そこは狭い便所。
まずい。出番に遅れては、舞台の進行に差し支える。


おおあわてで酒場の中をかけまわったが、ついに舞台は見つからなかった。


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