通り過ぎるもの

植物学者の頓才は、畑にしゃがんで、さつまいもの花を調べていた。
さつまいもの花は、あさがおにそっくりだ。
どんよりとした雲が、重く畑にのしかかる。雨が近いのだろうか。
しかし、このまっしろな花は、そこだけ晴れているかのように、気持ちを明るくする。


頓才は、フト何かの気配を感じて、顔をあげた。
目の前には、茶色の牛がこちらを向いて立っていた。
牛は、座禅を組む僧侶のように、静謐なたたずまいをしていた。
そして、ゆっくり、ゆっくり、確かめるように前へ歩を進めていた。


「こっちへ来るのかな?」


頓才は、牛の前から逃げて、うしろへ回ってみた。
うしろから見ると、それは牛ではなく、ひとりの侍に見えた。
侍は、左の腰にある刀のつかに手を携え、すり足でじりじりと慎重に歩いている。
まるで、いままさに何かに斬りかからんとするような気配だ。


頓才は、ふたたび、おそるおそる侍の前へ出てみた。
こちらから見ると、やっぱり牛だ。


「いったい、どっちなんだろう?」


頓才は、学者の好奇心から、牛に歩み寄った。
その刹那。


ひらり、と雲間から、太陽の陽が差し込んだ。
陽が差すのと、頓才の体が真っ二つになるのとが、同時だった。
さつまいもの花が、風に揺れた。


倒れて動かなくなった頓才の体の上を、茶色の牛が、ゆっくり踏んで過ぎた。
どこまでも続く広大な畑のあぜを、ずうっと歩いてゆくようだ。
これまで歩いてきたのと同じように。


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