ホクロ落ち
電車に乗っていると、なんだか磯くさい。
うしろを振り返ると、ドアの脇に、でかい伊勢エビが立っていた。
真っ赤な背中が、蛍光灯の青い光で、すこし乾いた光沢を放っている。
伊勢エビの背中には、甲羅の一枚ごとに鍵穴がついていた。
厳重な警戒だ。
中は、どうなっているのだろう。
自分の目は、伊勢エビの甲羅にすっかり釘付けになっていた。
「あれは、ホクロだよ」
中吊り広告の俳優が、ささやく。
「俺は知ってるんだ。だって、ギョーカイで長いことやってるからな」
そう言われれば、鍵穴には立体感が無く、平らに黒光りしているようにも見える。
それなら、ちょっとがっかりだな。
伊勢エビは、次の駅で、すこし体を丸め気味にして降りた。
背中の模様にコンプレックスを持っているようにも見えた。
「こんなホクロ落ちになるとはな。ははははは」
アイドルから出世した人気俳優は、真っ白な歯を見せて、笑った。
ホクロ落ち。ホクロ落ち。
その言葉は、電車を降りた後も、しばらく脳みその中をぐるぐる回っていた。