どいつもこいつも
街角で、署名を求められた。
「歯磨き推進委員会です。よろしくおねがいします」
男は、口に歯ブラシをくわえて、さかんにしゃかしゃか動かしている。
街なかで歯磨きはどうかとは思うが、有言実行は好ましい。署名した。
「ありやとやーす」
男の様子が、変だ。さっきより歯ブラシが短くなっている。
ようく見てみたら、くわえているのは歯ブラシではなく、千歳飴ではないか。
だまされた。飴で歯を磨く運動だったのか。
「よこ読まないおまいが悪いんな」
千歳飴で口をいっぱいにして喋るので、舌足らずになっている。
よけいに憎らしい。
「おい、ろうした。らいじょうぶか」
飴歯磨き集団が集まってくる。ろくでもないやつらだ。
まわりを囲まれてしまった。ああ、どうなってしまうんだろう。
「痛え。アニキ。痛えよ。歯が痛え」
ひとりが苦しみ始めた。飴なんかで歯磨きするからだ。
あたりは騒然となる。
上から下まで真っ黒ずくめの男が、うしろから集団を覗き込んだ。
「わあっ。出たあっ」
飴歯磨き集団は、蜘蛛の子を散らすように逃げ去る。
なんだかよくはわからないが、助かったようだ。どうも、ありがとうございます。
お礼を言って黒ずくめの男の顔を見ると、牙がはえている。
頭に乗せた帽子からは、二本の矢印が。
「むふふふふ。俺、虫歯菌なの」
ううむ。一難去って、また一難。とにかく、どいつもこいつも、ろくでもない。