片割れと全体

ベッドに腰掛けていると、足首をぐいっとつかまれた。
見ると、ベッドの下から二本の手が伸びてきている。
びっくりして手を振りほどこうと足をばたばたさせたが、どうにもならない。


そのまま、ベッドの下へ引きずりこまれてしまった。


気がつくと、自分はさっきのように腰掛けている。
目の前には、壁。反対側にいるのだ。
そして、ベッドの下から伸びた足首を両手でつかんでいる。


引っぱり出そうと踏ん張ったが、却ってこちらが持っていかれてしまった。
ベッドの下へ、頭から突っ込む。
そんなくり返しが、しばらく続いた。


ベッドに腰掛けたまま、考える。足首は、ベッドの下の手につかまれたまま。
この悪循環から、なんとかして逃れなければならない。
それには、第三者の力が必要だ。
そうだ。電話をかけよう。


「毎度ー。そば久でーす」


出前がきた。ベッドの下から出たあいつが、玄関へ向かう後ろ姿を見送る。
足首は自由。今だ。
開いたドアの隙間から、するりと外へ脱出することに成功。
蕎麦屋の、あの驚いた顔。


公園のベンチで、ほっとする。
もう誰もこの足を引っぱるやつはいない。自由だ。これが、自由だ。
それにしても、あいつは誰だったんだろう。
もう引っぱる相手のいなくなった部屋で、ひとり蕎麦を食っているあいつは。
なぜだか、不思議にさびしい気分。
なんとなく、自分が半分になってしまったような感じだ。


公園の噴水の向こうから、やつが現れた。
手に、ビニールがかかったままのどんぶりを持っている。
よくここが分かったものだ。
顔を見ると、どこかで見た顔だ。自分に似ているが、自分じゃない。


ベンチに並んで腰掛け、蕎麦をはんぶんこにして食べるうち、思い至った。


そうだ。


こいつは、どこかの誰かの顔を半分に割って、それを左右対称に直した顔なのだ。
そして、もう半分の顔を担うのが、自分なのだ。
俺たちは、ふたりでひとつなのに違いない。


最後の汁を飲む相棒の顔を、しげしげと眺める。
そして、自分を含んだ全体のやつの顔を、想像しようとする。
しかしそれは、ほとんど不可能に近かった。


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