口封じ
仕事から帰り、マンションのエレベータに乗ると、
中に男がひとり乗っていた。
帽子を目深にかぶって押し黙り、なんとも不穏な雰囲気を
漂わせている男だった。
部屋に帰り、服を見ると肩口に血がベットリ。
途中階で降りるときにあの男がぶつかった。きっとあれだ。
ピンポーン。
数日後、警官がたずねて来た。
殺人事件の犯人が捕まったので、その聞き込み捜査だという。
なんだか面倒くさく、「何も見ていない」と言って帰した。
タクシーに乗ったら、運転手に殺人事件のことを尋ねられた。
「お客さん、あのマンション、事件あったでしょう?」
面倒なので、「知らないなあ」と答えた。
床屋でも店主に聞かれる。「知らない」と答える。
買い物に出たスーパーで、レジのおばちゃんに話しかけられる。
そんな有名な事件なのか? 知らないよ。知らないったら。
スポーツクラブで、銭湯で、飲み屋で、ペットショップではオウムに聞かれる。
犬の散歩途中、向こうから来た主人と犬両方から聞かれたときは腰を抜かした。
犬は妙にでかく、ぬいぐるみっぽくて怪しげだった。
ほどなくして、犯人が逮捕されたとテレビのニュースに出る。
ずらりと並んだ20人ほどの顔写真を見て、納得。
「ああ、こいつら全員・・・」と思わずつぶやく。
と、テレビの画面のキャスターがこちらをまじまじと見つめた。
やばいやばい。殺されるとこだったよ。