領主のワイン

手癖の悪い領主。女中をたぶらかしては殺め、井戸へ放り込む。
いつしか井戸は満杯。しょうがないから、もひとつ井戸を掘る。
またその井戸も満杯になり、さらに次の井戸を。
年を経るうちだんだん井戸は増え、屋敷の庭は井戸だらけに。


ある日、家臣が報告に来る。
「領主様。えらいことで」
「なにごとじゃ」
家臣の話すところによると、一番初めの井戸に詰まった女中の死体が熟成。
いまや、大変上物の赤ワインになっているという。
領主も飲んでみて、驚いた。
「こりゃうまい」


ワインのラベルに「女中」と書いて、市場に売り出す。
これがなかなかの評判で、つぎつぎに飛ぶように売れる。
「領主様、4号井戸までが空でございます。はやめに女中の補充を」
「わかっておるわ。急かすでない」
領主も女中をたぶらかすピッチをあげる。もう毎晩フル回転。
障子越しに家臣が待機。
「お済みになられましたか」
ただちに女中を運び出して、井戸へ。


ここのところ、領主はフラフラ。働きすぎだ。
「世界広しといえど、体を張ってワインを製造しておるのはわしだけじゃ」
女中の調達にも限度がある。若い娘はもう手に入らなくなってきた。
年増から老婆まで連れてくるのだが、それでも出荷に間に合わない。
これではしょうがないと、行き倒れの死体や、犬猫まで井戸に放り込む始末。
「味が落ちた」とのクレームが聞こえてくる。


「もうやめじゃ」
ある日、領主が宣言する。これからは、ワインの販売はやめよう。
そして、無理のない、自然なペースでワインをつくっていきたい、と。


家臣たちも同意した。そうだ、我々はなにか間違っていた。
欲に駆られて、一番大事な「ゆとり」を忘れていた。
ゆっくり時間をかけて、おいしいワインをつくろうじゃないか。


ひばりの鳴く声が聞こえる。
一同うなずきあい、見上げる空は、高く、晴れていた。


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