春の気配
「今夜は泊まっていくんでしょう」
彼女が言う。束ねていた髪をほどくと、クセ毛がふわりとひらく。
そうだな。もう一本ビールがあればな。
ここ数日、あたたかくなってきている。窓を開けたままでも寒くない。
夜風が、花の香りを運んでくるようだ。
ビールあるわよお、と言って彼女は台所へ向かう。
窓の外から、遠く、眠たい踏み切りの音。まだ電車はあるのか。
どうも最近、不眠が続く。そのため、いつでも眠い。
特に車の運転中、ボーっとなりやすい。
「ね。半分わけてよ」
彼女が缶を差し出す。受け取ろうと出した手が、こつっ。窓ガラスに当たる。
ハッとして、急ブレーキ。
目の前は、遮断機の降りた踏切だった。通り過ぎる電車。
そういえば、俺、いま、カノジョなんていない。
「死に損なったわね」
ふわりと髪をなびかせて、女の首はフロントから消えた。
・・・夜風が、あたたかい。