幸福の和音

道端に、ボタンのいっぱいついた自動販売機が置いてある。
箱に見えるのはボタンだけ。何を販売しているのかも、いくらで販売しているのかも、
いっさい不明だ。


俺はこれに、最近ひそかにハマッている。
どれかボタンを押すと、ほんの数分間だけ、とても満ち足りた気分になれるのだ。
そして、何を見ても面白くなり、何でも楽しめるのだ。


夢中になっていてふと気が付くと、いつのまにか疲れが出て、楽しくなくなっている。
で、また機械のところへ戻って、ボタンを押す。このくり返し。


そのうち、こちらからいちいち出向いて行く必要は無いのじゃないかと思い始めた。
あのボタンさえ押せればいいのだから。
こっそりとお気に入りのボタンをひとつはずし、持って帰った。


いそいそとボタンを押してみる。
ちょっとうれしいのだが、機械についていた時ほどではない。
やっぱり、ボタンだけでは駄目なようだ。そりゃそうだろうなあ。
本格的に、機械の仕組みを研究することにする。


努力の甲斐あって、ポケットに入る小型機械が完成した。
このうれしさったら。ボタンを押していないのに、ウキウキするほどだ。
これで、どこへでもあのよろこびを持ち歩ける。
ボタンを何度も押して気づいたのだが、効力を発揮する時と、しない時があるようだ。
これはどういうことだろう?


もういちど、もとの機械のところへ行って、解った。
小型機械のボタンが作動しない時は、こちらのもとの機械のボタンのどれかが作動するらしいのだ。
つまり、ボタンの作動する確立は、この親機とランダムに連動しているということなのだ。
他にも分かったことがある。親機の中でも、効力を発揮するボタンが時と場合によって違う。
また、その作動条件は複数のボタンの組み合わせにあるようだ。


では、ボタンを全種類持ち歩く必要があるということか?
いや、そんなことより、基本的な問題として、道端に置いてある機械が、
どうやってひとりの人間の気持ちに影響を与えたりするんだろう?


ここまできて、すべては暗礁に乗り上げた。


そして今日も俺は、おとなしくあの機械の前に立つ。
そして、こうべをたれてボタンを押すのだ。


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