誕生日

暗い嵐の晩だった。
もう寝ようかと寝どこをこしらえていると、庭で笑いさざめくような声がした。


なんだろうとガラス戸を開けて見ると、垣根の下をかいくぐって、何か入ってきた。
暗い中、ようく目をこらして見ると、大きなケーキではないか。
ケーキは、泥にまみれ、草のしげみに生クリームをところどころそぎ取られ、
それはみじめな格好になっていた。


寒そうなので、部屋の中へ入れてやった。
タオルにくるんで、ストーヴのそばへ置いてやると、ふーっ、と長いため息をついた。
どうやらそのケーキは、どこかのだれかを祝うためのものだったらしい。
毎年そのひとを祝ってきたが、今年になって同じ様にそこへ行ってみると、
もうそのひとは亡くなっていたのだとか。
それでケーキは行き場を失ってしまい、大雨の中をさまよっていたのだという。
ふびんな話ではないか。


「あんたはいいひとだ。俺はあんたの誕生日を祝いたい」


ケーキは言った。
そうして、ろうそくの焔を吹き消してくれ、という。
はやく、はやく、と。


自分は今夜が誕生日ではないし、ろうそくの焔も、とうに雨で消えている。
しかし、なんだかそれを言うのもせっかくの気持ちを無駄にするようなので、


ふーっ


と吹き消す真似をした。
すると、どうだ。
ぱちぱちぱち、と部屋の中いっぱいにおおきな拍手の音がひびくではないか。
こちらは、びっくりしてしまって、動くこともできない。


「誕生日・・・おめでとう・・・」


ケーキはそうささやくように言うと、このひざの上でタオルにくるまれたまま、くたっとなった。
役目を終えたのだ。
責任感と人情に厚い、とても優秀なケーキの最期であった。


・・・ところで、このケーキ、これからどうしたものだろう。
自分は、しばらくそのまま動けずに、ただ座っていた。
屋根を打つ雨の音だけが、ぱらぱらと聞こえ続けていた。


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