山ポスト

深山に分け入ると、空気がうまい。
なんだか、こころが浄化されるようだ。
こういう環境は、手紙を書くにもふさわしい。より澄んだ内容の文が書けるのだ。


テントから出て、キンと冷えたせせらぎの水で顔を洗い、朝もやの中を出発。
ポストを探すのだ。
朝一には、あちこちの草の陰から、山ポストが顔を出している。
昼にならないうちに、すべてまた地中に引っ込んでしまうので、いそがなければならない。


手紙は、昨夜のうちに書いておいた。
何通もたくさん書いたので、今日は好きなだけ投函できるぞ。
そう思ってたのしみにしていたのに、探せども、探せども、ポストがみつからない。


疲れ果て、たどりついた一軒の炭焼き小屋で、そこのじいさんと話をした。
なんでも、この山には、山ポストは生えないんだそうだ。
がっくりきてしまった。せっかく、一生懸命書いたのに。


「どうです、わしに出してみませんか、その手紙」


じいさんが言う。
年寄りとはいえ、なんと大胆な。これはどうにも、照れくさいなあ。
しかし、せっかく書いたのだし、また、もう陽がてっぺん近くまで昇ってしまってもいる。
どうせ山ポストには、もう遅いのだ。
そんなわけで、書いた手紙、全部じいさんに渡してきた。
たまにはこういうのも、いいだろう。
炭焼きのじいさんは、顔をくしゃくしゃにしてうれしそうだった。
里からの手紙なんか、もらうことは滅多にないのかもしれない。


下山して、駅の人に聞くと、山ポストはありますよという。
でも、この山には化かすタヌキがいて、山ポストを隠すこともあるのだそうな。
どうも、炭焼きのじいさんというのは、タヌキくさいですなあ。
そう言って、駅員さんはおかしそうに笑った。ちぇっ、あれはタヌキだったか。


数週間後、家に小包が届いた。
むしろでくるんだだけの不器用な梱包をといてみると、
中には、トチの実やきのこなんかが入っていた。
化かすにしても、いいタヌキだったにちがいない。
あの小屋の住所が分かれば、また手紙を出すんだが。


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