姥捨て工場

この村に飢饉がおそい、こりゃあ口減らしをせにゃあなんねえ、
ということになった。
うちの家族には、年老いた母がいる。
母ちゃん。すまねえけど。そう言って、背負い子に母を座らせた。


背中の母の重みを感じながら、拝むようにして山道を登る。
まだ生きて話も出来る人を、捨てなくてはならない痛み。


「せがれや。気にすんな。ひとはいつか、去らねばなんねえのだから」
にこにことして愚痴ひとつこぼさない母に、よけい身がつまされる。


さて、どこへ母を捨てたものか。
そこらの草っぱらに放置するわけにもいかない。
母親を捨てるなんてもちろん初めてのことだから、まったく見当もつかない。
うろうろするうち、山の中で日が暮れてしまった。


灯りが見えたので行ってみると、工場だ。こんな深い山奥に。


「山道はあぶねえ。今夜は泊まっていきな」
親切な工場長が相談に乗ってくれた。
母を、ここで引き取ってくれるそうだ。やれうれしや。


それから、ときおり野良仕事の暇を見ては、工場を訪れるようになった。
いつしか、母はそこで働き出していた。元気がでてきたようだ。
手作業で、ぼちぼち仏具や絵馬を造っているという。
よかった。ここへ母を預けて、ほんとうによかった。


それからまた何年も経つうち、暮らし向きも安定してきたので、
母を引き取ろうかと考えた。
工場の母に話すと、ここでの暮らしが楽しいので帰りたくないという。
母は、ずいぶん若返ったように見えた。


またさらに十年が過ぎ、すっかり大きくなった子供たちを連れて、工場へ。
母はますます若返り、自分と同じくらいの年恰好になっている。
子供たちに「おばあちゃんだよ」と言っても、信じない。
この工場は、里とはまた違った時間の流れがあるのだろうか。


息子たちに野良を任せるようになって、どれほど経ったか。
妻もとうに先立ち、自分は腰を悪くして寝たきりになってしまい、
これでは迷惑をかけるばっかりだ。
そう思って、あの背負い子に載せてもらい、ひさしぶりの工場へ来た。
これからは、ここでお世話になろう。


「おやおや、ずいぶんとお歳をとりなすったなあ」


工場長は、自分を憶えててくれた。
工場の中は、ずいぶんと活気が出ていた。若い働き手が増えたらしい。
組み立てレーンの娘たちが、こっちを見てくすくす笑っている。
「ほれ、クマさんや。あんたの息子さんも来たんだよ」


ひときわほっぺたの赤い娘が、こちらへ駆けて来た。
ああ、面影がある。そうだ、母ちゃんだ。こんなに若くなって。


「あんた、昔のあたしぐらいになったわね。思い出すわ。ここへ来た日のこと」
母は、手ぬぐいで額の汗をぬぐいながら、はにかんだように笑う。


・・・ああ、思い出したよ母ちゃん。俺も、思い出したよ・・・


今になって、あの申し訳ない気持ちが、きりきりと、胸に蘇ってきた。
からからから。工場の中いっぱいに吊るされた絵馬が、風に鳴る。
鈴虫の声が、いちだんと大きくなってきた。


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