真夜中の甘味

真夜中。もう早朝と言ったほうがいい時間。
空気はキンと冷え切り、こんな中に目を覚ましている自分の脳も、冴え渡るようだ。


守衛用のちいさな箱を出て、だだっぴろい駐車場を見渡す。
なあーんにも、ない。
車一台、停まっていない。この、気持ちよさ。


月明かりの下、アスファルトにうつぶせになって寝転んでみる。
ひんやりとしたでこぼこが、ほほに冷やっこい。
フト、かねて思っていたことを実行してみたい気持ちにかられた。


地面を、なめてみたい。


四つんばいになり、ぺろりとアスファルトをなめてみた。
なんだか、甘い。黒砂糖みたいな甘さだ。
巣に帰りそびれた鳥が、どこかでチチチと鳴いた。


這いずりながら、別な場所もなめてみる。
ここはいちごミルク味だ。
どんどん移動してみる。こっちは塩キャラメルだ。
こんなに駐車場の地面が甘いとはなあ。
しかし、所詮、甘味は甘味。「味覚」という観点からしての「美味」とはほど遠い。
だから、みんな昼間は地面をなめもせず、さんざ車で踏み倒すのだろう。
まあ、それが「大人」というものだ。


ひとりでこうして地面を味わえるのは、真夜中ならではだ。
ひとしきり楽しんでいると、うしろになにかの気配。
ふり返ると、自分と同じく四つんばいの人々が、蟻のように連なっていた。


なんだ。ひとりじゃなかったんだ。
不思議と、恥ずかしくは無い。趣味を同じくする、同好の士だからだ。
声をかけるのはさすがにためらわれた。だから、だまって再び地面をなめはじめた。


ぽつり。
おや。雨か。


ぽつり。ぽつり。
雨だ。この、湿ったにおい。雨が降り始めた。
だんだん強くなってくる。しょうがない、守衛室に帰ろう。


あとのみんなが、ついてきてしまった。
半畳ほどのちいさな守衛の箱は、たちまちぎゅうぎゅうになった。
顔が窓に押し付けられる。うしろで、ドアが閉まる気配がする。


チンチン。
鈴が鳴ると、遮断機が上がった。
ガタンコー。ガタンコー。守衛室が走り出す。
さっきみんなで這いずった跡が、雨の中で光って見える。
その上を、守衛の箱がなぞるように走ってゆく。


西の空が、白んできた。
ひといきれと雨だれで曇った窓からでも、外の空気が変わるのが分かる。
あれよあれよという間に、太陽が顔を出した。


さて、雨は夜だけ降ってあがるようだぞ。


にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
人気ブログランキングへ