セメントと科学

セメント樽の中から手紙が出てきた。
これを書いた女工はセメント精製所で働いている。
ある日、砂利の粉砕機を担当する恋人が、機械の中へ落ちてしまったそうだ。
そして、この樽の中に入っているのが恋人の粉末なのだという。


なんだかやるせない話だ。
かつてマッド・サイエンティストとしてならした俺の、科学技術が活かせないものか。
セメント樽をトラックに積んで、彼女のもとを訪れてみた。


女工に連れて行ってもらったのは、巨大な砂利粉砕機。
古代バビロニア語で書かれた超科学技術本の内容に従って、材料を集めてくる。
そして、セメントと一緒に材料を粉砕機に投入、モーターを逆回転すると。


スイッチ・オン。



どうだ。ものすごい轟音と共に、砂利がどんどん吐き出されてきたではないか。
そして、ひとりの人間が。
「ああ、いとしいあなた !」
女工が叫ぶ。そうだ。これが科学技術というものだ。


しかし、様子がおかしい。彼の頭がじゃりじゃり音を立てている。
おや、ここに脳みそが落ちているではないか。
なるほど、攪拌に失敗したっぽい。


また全部粉砕機に放り込み、正回転で粉砕しなおし。
心配そうに見守る女工
出てきたセメント粉を、また逆回転で攪拌。


スイッチ・オン。


砂利と一緒に吐き出される彼氏。
あらあら。今度は、余計変になってしまった。
人体がそっくり裏返しになってしまっている。
泣き出す女工。大丈夫だってば。まかせなさい。


機械のふたを開け、結線をいじる。これでどうだ。
またセメントを放り込んでいるとき、絶望した女工が粉砕機に身を投げてしまった。
今度吐き出されてきたのは、男女が合体した奇妙なモンスター。
またやり直しだ。女工め、いらんことを。


攪拌しなおすたび、どんどん変になってゆく。疲れてきた。ていうか、もうイヤ。
負けだ。素直に負けを認めよう。科学の敗北だ。
さらば恋人達。あの世で連れ添い給え。アーメン。さあご飯食べよう。


さらさら、と音を立ててセメントの粉が追いかけてくる。
来るなよ。来るなってば。


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