女を追う

どうも、心にぽっかり穴があいたようにくさくさしてしょうがない。
そんなことを思いながら街を歩いていると、見覚えのある女が前を歩いている。
あの背中。だれだったか。
信号で横へ行って顔を見てみようと思ったが、うまくいかなかった。


女はどんどん歩いて、ラーメン屋とパチンコ屋の間の路地を入ってゆく。
つられるようにして自分も入ると、中にちいさな鉄道の改札があった。
女は定期を出して駅員に見せ、入ってゆく。
こんなところに駅が隠れていたとは。


駅員から切符を買うと、ちょうど列車が出そうになっていた。
あわてて飛び乗る。


中は、なんだか昔の日本を思わせる、レトロなつくりになっていた。
パブかなにかのようだ。着物のそでをたぐった女給たちが、山高帽の紳士たちと笑いあっている。
人ごみの中に、女の後ろ姿を見つけた。いつの間にか、女給の格好に着替えている。
女はビールの載った盆をかかげ、二階へ赤いじゅうたん敷きの階段を上がってゆく。


階段を上がり、角を曲がると、また改札になっていた。
改札を出ると、外はさんさんと太陽が照っている。さっきまでより、格段に明るい日差しだ。
舗装されてない道を、車がつちぼこりをあげて通る。ぷうんと、椿の香りがする。
女は、一軒のアパートに入った。


これ、俺の今住んでるアパートじゃないか。


ちょっと古ぼけてはいるが、たしかに俺の5年住んでいるアパートだ。
いや、古いんじゃない。「昔」なんだ。
外壁は木造で、入ったところで靴を脱ぐようになっている。
靴箱には、「い」「ろ」「は」と仮名が書いてある。


女は、どんどん上へ階段を上がってゆく。
4階の屋上へ出て、おどろいた。そこはまた俺のアパートの入り口だったのだ。
なにがなんだか、サッパリ分からない。
女は、また中へ入ってゆく。


そうやって、何度も何度も同じ階段を上がり続けた。
いつしか、女はいなくなっていた。
アパートの階段は、気付くとコンクリートに変わっていた。
外の風景も、いつもの見慣れた街に戻っていた。
そして、屋上へ出ても、もう入り口は出てこなかった。


空を見上げる。
日差しが、ふいにぱあっとまた明るくなる。
そして、俺はあの女がだれだったかを思い出した。


・・・おばあちゃん。


もう死んでしまったが、ちいさいころよく遊んでもらった、
あれはうちのおばあちゃんだった。
椿油の香りが、どこからか匂ってくる。


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