ブラックホール

犬を散歩させる。
土手の上は一面群青色で、もやのようなものまでかかっている。
夜明け前なんだか、日の暮れた後なんだか、さっぱりわからない。


いつのまにか、となりを歩く犬が、中学の時の自分になっている。
姿は中学の時のままで、なにも変わるところはない。
しかしその顔は、ブラックホールのように真っ暗で、空虚だ。
まわりのあらゆる景色が、すべて彼の顔へ吸い込まれてゆく。
そうか。ブラックホールって、透視図法の消失点にあたるんだ。


どうやって彼を自分だと判断できるのか、説明のしようもない。
風景の中心点が一緒だから、ぐらいに言っておこうか。
彼には、なんともいえない劣等感を感じる。
片や将来の希望でいっぱいなのだが、
こっちの頭には、雨垂れのうがった跡が点々とついてしまって、
どうにも不格好でみっともないのだ。


「玉石を敷き詰めておけばいいんだよ」
自分が言う。
もっともなことだが、俺にはそこまでの周到さがない。
打たれるまま、雨の下に立つしかないのだ。
そんなこと、中学生のおまえには解るまい。


ぐいとひもを引っ張ると、草むらに顔をつっこんでいた犬が、
あわててついてくる。


毛並みのいい犬だが、こいつは俺の飼い犬じゃない。
たのまれて散歩させてやっているだけだ。
それにしても、この川辺は、河口へ向かうんだろうか。
それとも、源流へ向かうんだろうか。


「ばかな質問を考えたもんだ。
両方に決まってるじゃないか」


声がした。
犬が言ったのか、自分で言ったのか分からない。
ぞっとして犬のひもをほうり出し、川と関係ない方向へ逃げ出した。


犬が追っかけてくる。
空が一面、燃えるような赤一色に輝き出した。
陽が昇るんだか、これから沈むところなんだか、さっぱり分からない。


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