俺を見殺しに

川辺に降りようとして、湿ったコケに足を取られた。
それは一瞬の出来事だった。


俺の肉体が、濁流に吸い込まれてゆく。つかまえるひまもなかった。
それを見ていたのは、俺の魂だ。
魂の方はこうして、岸辺に残っている。幽体離脱、ってやつだろうか。
波間に見え隠れする俺はまるで、もてあそばれる木の葉のようだ。
この先は、どんどん流れが急になり、そしておおきな滝になっている。
滝つぼまでは100mほど。とても助かる見込みはない。


とにかく。さらば、俺。
かわいそうだが、助けてやれない。
あわれな俺の姿が、流れの向こうに消えた。あっけないもんだ。


とぼとぼと、山を下りる。胸がきゅうっと痛い。無念な想いで、いっぱいだ。
それに、これからどうしたらいいんだろう。
駅に着いて、改札をくぐろうとしたら、駅員に止められた。


「もしもし。切符を買って入場してもらわないと」
俺が見えるらしい。


家へ帰る。何も変わったことはない。
どうやら、普通に生活出来そうだぞ。ほっとひと安心。
次の日職場に出たが、だれも俺が死んだことに気付いていない。
しめしめ、黙っていれば、このまま暮らして行けそうだぞ。


あれから3ヶ月。
以前となにも変わらない日々を送っているが、心に影を落とすことが、ひとつ。
あの滝つぼで、釣り人かだれかに、俺の死体が発見されてはまずいのだ。


どうか、いつまでも水底に沈んでいてくれ。俺よ。
なんだか、人でも殺したような気分じゃないか。


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