ぼやけた顔

いちばん古い記憶は、幼稚園に入る前。
父と母に両方から手を引かれ、ぶら下がるようにして家に帰る、
自分のうしろ姿。


父や母の顔は、いつでもぼやけていて、思い出せなかった。
学校で父の絵を描かされたとき、憶測で描いたら、
知らないどこかよそのひとになってしまった。


「あたしが死んだら、あんたは忘れるだろうね、いつか」
母にはそう何度か言われたことがある。


そのことなら憶えているが、
母の顔はもう、おぼろにぼやけてしまった。
その人柄も、雰囲気も、着ていた物も、髪型も。


会ったことも無い有名人は、よく知っている。
でも、近くなればなるほど、憶えていない。


自分のことなんか、見えてもいない。
死んだあとになったら、憶えてすらいないだろう。


いちばん古い記憶の中で背中を向けたあの三人が、
いっせいにこちらをふり返ったら。
そう考えると、夢を見るのが怖くなる。


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