砂漠の豆腐屋

もうふらふらだ。一歩も歩けない。
どこまで行けば、この砂漠は終わるのだろう。
水も食べ物も、もう長いこと口にしていない。
このまま砂漠が続くなら、自分の命はじきについえるだろう。


ゆらゆらとゆらめくかげろうの中から、人影が現れた。
ごましお頭にハチマキの、しぶいおやじだ。
なつかしい旧式自転車の荷台に、アルミの箱を乗っけている。
あの、す、すみません。なにか食べ物はないですか。


「毎度ありい。ボクは、砂漠の豆腐屋さんだよ」


豆腐屋さんですか。豆腐のほかに、なにかありませんか。


「ないよ。砂漠の豆腐屋さんだからね」


じゃあ、お豆腐一丁くださいな。


「あいよっ。砂漠のお豆腐一丁、毎度ありっ」


見ると、がちがちに乾燥していて、レンガみたいだ。
でも、手に乗せると、軽石のように軽い。
これ、すっごい乾いてるんですが・・・


「そうね。砂漠のお豆腐だからね」


じゃあ、せめて水を飲ませてもらえませんか。
喉がかわいて、からからなんですよ。


「悪いね。砂漠の豆腐屋さんは、水を持ち歩かないからね。
せっかくの砂漠のお豆腐がしけっちゃ、台なしになるもんね」


どうしても飲みたきゃ、そこらの井戸から飲めばいいじゃないか、
豆腐屋は言う。


そう言われてはじめてあたりを見回してみた。
井戸がある。川も流れていて、喫茶店もある。
なんでこれが見えなかったんだろう。
そうか。砂漠だからといって、全然水が無いっていうわけじゃあない、
ってことですね。


「馬鹿だね。砂漠に水があるわけないじゃない。
それじゃ砂漠にならないでしょうに」


そうか。じゃあ、ここに砂漠はもとから無かったんだ。
砂漠の豆腐屋さんも、ほんとうはいないんだ。


「それは違うなあ。目の前にいるもんは、いるんだよ」
砂漠の豆腐屋は、ちょっとあきれたようにそう言って、頭をかいた。
その姿も、うしろの砂漠も、吹いてきた風に、はたはたとはためいた。
たしかに豆腐屋もいるし、砂漠もあるが、それはそれだ。
のれんのように、ぺろりと砂漠をくぐると、そこはかき氷屋。


風鈴の、涼しげな音がする。
テーブルについて、いちごミルクをたのむ。
しゃこしゃこしてて、うまい。歯に、キーンとしみる。
この感じは、感じたもん勝ちだ。
砂漠の真ん中だろうが、どこだろうが、知ったこっちゃあない。


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