終点

バスに揺られ、おもわずウトウト。
ひょっと目を覚ましてまわりを見ると、乗客が全員、お地蔵さんになっていた。
たいへんだ。えらいことですよ、運転手さん。


運転席を見ると、お地蔵さんがハンドルを握っていた。
「バスの走行中は席を立たないで下さいね」
おこられてしまった。すごすご席まで戻る。


もっとよく見たら、ここは墓地じゃないか。
カア、とカラスが頭の上で鳴く。
お地蔵さんが並んでいるのも、当然だ。
てか、墓場で「席に座ってろ」もないもんだ。


ぞろぞろぞろ。お地蔵さんたちが移動し始めた。
たいへんだ。えらいことですよ、運転手さん。


「終点です。お忘れ物の無いようにお降りください」


降りろって。ちょっと。墓場から、この先どこへ行けっていうんですか。
答えてくださいよ。ねえ。ちょっと。


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異空間との日常

外へ出ようとドアを開けたら、どうも様子が違う。八角形の広いロビーになっている。
ぐるりに大きなはめ込みガラスがはまった空間は、陽が入ってとても明るい。
真ん中にはちいさな螺旋階段があり、それを降りると砂浜につながっていた。
向こうに、打ち寄せる波が見える。東京の目黒区には、もちろん海なんか無い。


いやあ、いい景色だなあ。
しばし潮騒と、磯の香りを楽しむ。絶対外へは出ない。


そろりそろりと階段を上がり、八角形の部屋から自分ちの玄関へ戻る。
いったんドアを閉め、また開けると、いつものマンションの廊下だ。
こんなこったろうと思った。あのまま外へ出たら、帰ってこれないところだ。


さて、コンビニで夜食を買うか。
何事も無かったかのように外へ出る。
自分も、要領を得てきたものだ。


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ホクロ落ち

電車に乗っていると、なんだか磯くさい。
うしろを振り返ると、ドアの脇に、でかい伊勢エビが立っていた。
真っ赤な背中が、蛍光灯の青い光で、すこし乾いた光沢を放っている。


伊勢エビの背中には、甲羅の一枚ごとに鍵穴がついていた。
厳重な警戒だ。
中は、どうなっているのだろう。
自分の目は、伊勢エビの甲羅にすっかり釘付けになっていた。


「あれは、ホクロだよ」


中吊り広告の俳優が、ささやく。
「俺は知ってるんだ。だって、ギョーカイで長いことやってるからな」


そう言われれば、鍵穴には立体感が無く、平らに黒光りしているようにも見える。
それなら、ちょっとがっかりだな。
伊勢エビは、次の駅で、すこし体を丸め気味にして降りた。
背中の模様にコンプレックスを持っているようにも見えた。


「こんなホクロ落ちになるとはな。ははははは」


アイドルから出世した人気俳優は、真っ白な歯を見せて、笑った。
ホクロ落ち。ホクロ落ち。
その言葉は、電車を降りた後も、しばらく脳みその中をぐるぐる回っていた。


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どいつもこいつも

街角で、署名を求められた。
「歯磨き推進委員会です。よろしくおねがいします」


男は、口に歯ブラシをくわえて、さかんにしゃかしゃか動かしている。
街なかで歯磨きはどうかとは思うが、有言実行は好ましい。署名した。


「ありやとやーす」


男の様子が、変だ。さっきより歯ブラシが短くなっている。
ようく見てみたら、くわえているのは歯ブラシではなく、千歳飴ではないか。
だまされた。飴で歯を磨く運動だったのか。


「よこ読まないおまいが悪いんな」
千歳飴で口をいっぱいにして喋るので、舌足らずになっている。
よけいに憎らしい。


「おい、ろうした。らいじょうぶか」


飴歯磨き集団が集まってくる。ろくでもないやつらだ。
まわりを囲まれてしまった。ああ、どうなってしまうんだろう。


「痛え。アニキ。痛えよ。歯が痛え」
ひとりが苦しみ始めた。飴なんかで歯磨きするからだ。
あたりは騒然となる。
上から下まで真っ黒ずくめの男が、うしろから集団を覗き込んだ。


「わあっ。出たあっ」


飴歯磨き集団は、蜘蛛の子を散らすように逃げ去る。
なんだかよくはわからないが、助かったようだ。どうも、ありがとうございます。
お礼を言って黒ずくめの男の顔を見ると、牙がはえている。
頭に乗せた帽子からは、二本の矢印が。


「むふふふふ。俺、虫歯菌なの」


ううむ。一難去って、また一難。とにかく、どいつもこいつも、ろくでもない。


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帰ってきた夕陽

なんだかがっくりとした気分で、浜辺へ来た。
海は一面に灰色で、空はそれと対照的に、鮮やかなオレンジ色。
夕陽も無いのに、この無駄な鮮やかさはなんなんだ。海を見習え。


とんでもなく投げやりになった自分は、左腕をちぎると、海へ投げた。
灰色の海はまるでゴムのようで、ちぎれた左腕は、海面をぴょんぴょんと跳んだ。
そして飛び石のように弧を描きながら、水平線の向こうへ消えた。


哀しい気持ちに弾みがついてしまい、左足も投げる。
右足を投げ、頭を投げ、胴体を投げ、みんなぴょんぴょん跳んで消えてしまった。
最後に、右手を投げる。これで、おしまい。


なんにも無くなって、ただ浜辺にたたずむ。
ささーん。ささーん。と、自分が砂浜に打ち寄せる。
さらさらと、自分が波に持っていかれる。これでいいんだ。


水平線の向こうから、真っ赤な夕陽が昇ってきた。やっぱりいたんじゃないか。
そして、自分も、帰ってきた。夕陽と一緒に。
今はすっかり色を取り戻した海の上を、自分が三段跳びで走ってくる。


にこにこといっぱいの笑顔で笑いながら、
その姿は、どんどん大きくなってせまってくる。


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正義の闘い

旅館に遅く帰ってきてしまったので、風呂もぎりぎりだ。
脱衣場に入ると、けっこう込んでいるようで、服がたくさん脱いである。


ガラスの引き戸を開けると、それほど広くも無い浴場は、やはり混雑していた。
桃太郎、犬、猿、キジ、それに鬼。
全員が湯船にぎゅうぎゅうに入って、闘っている最中だ。
それぞれ両手を握り合わせて、さかんに水鉄砲をかけあっている。迷惑な。


湯船につかるのはあきらめて、洗うだけで出ようと思う。
頭を洗っていると、背中にバシャッと冷水がかかった。殺意がわく。
やつらは、洗い場に戦場を移したようだ。


しばらくのあいだ、バッシャ、バッシャ、と背中で水の音がしていた。
落着いて洗っていられない。
堪忍袋の緒が切れ、怒鳴りつけてやろうと立ち上がると、鬼が出て行くところだった。
桃太郎たちが勝ったらしい。


「ご協力ありがとうございました。これで、鬼が退治できました」


桃太郎たちが、にこやかにあいさつしてゆく。
鬼が分捕っていた灰皿やらハンガーやら湯のみやらを、
旅館を経営するおじいさんたちに返してやるのだとか。
正義のためなら、しょうがないだろう。
勝ててよかったですね、と一行をねぎらってやった。


風呂上りにジュースを買いに行くと、卓球場でまた戦いが繰り広げられていた。
桃太郎、犬、猿、キジ vs 鬼。
鬼はひとりでラケットをふりまわし、4人を相手に結構な善戦。
ていうか、桃太郎たち、卓球下手すぎ。


こいつら、昔からずうっとこんな感じだったんだろうな。
寝るときは絶対、枕投げになる。
部屋は離れたところに移してもらったほうがよさそうだ。


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