水車の図書館

村の図書館は、丸木橋を渡ったところにある。 大きな木の水車が川から水をくみ上げ、書棚の間に流し込んでいる。 一階は児童書で、二階が一般書。 水は二階にも供給される。ここにも、水車が使われている。 史書たちは、カウンターの中で本を選別する。 そし…

秘密の花園

近所のマンションに住むキタンさんの部屋にお邪魔したとき、 うちの家の屋根を、初めて上から見た。 知らなかったが、じつは屋上があったのだった。 そこには赤や黄色のチューリップが並び、ミニSLも走っていた。 あんなものが備え付けられてあったとは。 …

海の蜃気楼

海岸にある水色の巨大岩は、まるで空のように、覆いかぶさっていた。 そしてなんと、ここの貝は、唄うのである。 潮干がりの家族が説明に困ったことから、 この貝たちが、空の類に属することが明らかになった。 歌は、青い巨大岩の天井から降ってくるのだっ…

通り過ぎるもの

植物学者の頓才は、畑にしゃがんで、さつまいもの花を調べていた。 さつまいもの花は、あさがおにそっくりだ。 どんよりとした雲が、重く畑にのしかかる。雨が近いのだろうか。 しかし、このまっしろな花は、そこだけ晴れているかのように、気持ちを明るくす…

初歩的なトリック

宇宙人が、宇宙船から降りてきた。 ひとりやふたりではない。あとからあとから、次々に降りてくる。 小一時間見ていたが、まだ途切れない。 いったい、何人乗っているんだ。 宇宙船のうしろへ回って見てみたら、 いったん降りた宇宙人が、裏口からまた乗り込…

失われた舞台

舞台、暗転。よし、今だ。 真っ暗な舞台中に出て行って、板付き。 蛍光のテープを目印に立ち、ポーズをとる。 明かりが入った。 セリフを言おうと顔を上げると、様子が変だ。 あたりを見回すと、いつのまにかここは酒場の中。 急に立ち上がってポーズをとっ…

要領の問題

そこそこ高いお金を払って、試験を受けた。 殺風景な教室の長机には、20人ほどの受験者がスタンバイ。みな、かしこそうだ。 教官が、ひとりひとりの席を回って、用紙を配る。 質問用紙の他に、段ボール箱がひとつ。 中を覗くと、棒の羊羹が並べて入れてあ…

町の華

ショッピングモールで買い物をすませ地上に出ると、人だかり。 交通も遮断されて、警察官がたくさんいた。 どうやら、飛び降りがあったらしい。 それと思われるビルの側壁には電光掲示板。 屋上から地上まであるタテ長の電飾は、ひとが飛び降りる様子を表し…

時の流れ

駅から家までは、急な坂道になっている。 夕陽を真っ向から受けながら、自転車を押して坂を上がる。 道はいったん「総合乳酸菌センター」前でT字に分かれるが、家はセンターの裏手。 いつもそのまま、敷地内を通らせてもらっている。 坂道の両脇にはずらりと…

アトラクション

月も雲に隠れ、ヨシと武家屋敷に忍び込む。 中庭の池のほとりに腰をかける人影を発見、どきりとする。 「忍びのあんちゃん。ちょっと遊んでいきなよ」 怪しげな頭巾のオヤジが、手招きをする。 池を覗き込めば、色とりどりの女中が泳いでいる。 「どうだい。…

わんこクルーズ

たらいに乗って川を下る。 となりについて一緒に下るたらいには、和装のおばちゃん。 俺のお椀に、カポン、カポン、と蕎麦をつぎつぎに補充してくれる。 たらいを両ひざでひっくり返らないよう支えながら、食いまくる俺。 カポン。つるつるっ。カポン。つる…

幽霊

宇宙船の中から、宇宙人が現れた。 熊にまたがっている。 すみません、その熊、おとなしいですか? と、おそるおそる聞いてみると、その熊が口を開いた。 「おれは熊なんかじゃないよ」 これはとんだ失礼を。あなたも宇宙人でしたか。 では、背中の方は、ど…

たとえば犬でいっぱいの町

朝起きて外を見たら、犬でいっぱいになっていた。 道路も、歩道も、公園も、そこらじゅうが犬の背中でもこもこしていた。 交通も、遮断されているらしい。こりゃあ、会社に出られないな。 家の中が、犬くさい。 階段から見下ろすと、一階部分は犬でびっしり…

海辺の祝福

地中海に浮かぶ島、サルディーニャ。 紺碧の海を見下ろす別荘のプールでは、パーティが催されている。 一見するとだれも見当たらない。まだ正午だ。ちょっと早いのだろうか。 待て、見よ。プールの水面を。 何本もの竹筒が、水中から突き出しているではない…

歯医者の卵

河原に下りて、葦の茂みに入る。 足元はぬかるみ、ずぶりと靴を持って行かれそうになる。 背の高い葦原は見通しが悪く、どこを探していいやら見当もつかない。 ここらにいい歯医者の卵があると聞いて歯の治療に来たのだが、 これじゃどうにもらちがあきそう…

歴史的な一歩

パソコンを起動してすこしすると、モニタに映ったものがいつもと違う。 OS起動の画面ではなく、パソコンのマシンそのものが映っているのだ。 パソコンが、意志を持ち始めた瞬間である。 その画面に、モニタを見て呆然とする俺の後頭部がフェードイン。 自…

寄せては返す

ざっざーん。 寺のわき道を歩いていると、悪霊たちが押し寄せてきた。 しゅしゅしゅしゅしゅしゅー・・・ そして、また引いていった。 どどどどど・・・ こんどはおおきいのが来るな、と思って、電柱のかげに避けた。 ざっぱーん。 よっぱらいのおじさんが、…

非常事態

出張で泊まることになった、ビジネスホテル。 なんだか、部屋の雰囲気が変だ。 ありふれた西洋画の額縁を裏返すと、御札。やっぱりな。 御札を裏返すと、押しボタン。なんだろう。 押してみるか。 ごごごごご・・・ 外で地響きがしたと思うと、ロケットのよ…

読者のプロペラ

ベッドに腰かけ、本を読んでいると、なにかがちらちらして見える。 床を見ると、プロペラが回るような影が見えた。 自分の頭の上で回っているらしい。 手を当てると指が飛ぶ危険性もあると思われたので、 手鏡を出してそうっと頭の上を覗いてみる。 真っ赤な…

イカである

なんだか醤油くさいと思って畳をあげてみたら、もち米がぎっしりつまっていた。 下の階の住人が、大家に断りもなく、勝手にこのアパートをイカ飯にしたようだ。 ほっこり炊けたもち米をすこしつまんで食べてみると、けっこういける。 ただの古びたアパートだ…

ダム猫

台所のグリルでサンマを焼いていたら、ウウーとサイレンが鳴った。 見ると、ダム猫がうしろに立っている。黒部級の、巨大なやつだ。 やつは、いままさに放水を開始せんとしているのだ。 逃げたくても、サンマが焦げるので手が離せない。なんてこった。 「ウ…

別れの階段

残業を終えて、ひとりビルの外階段を降りる。 中はもう誰もおらず、エレベータが停まってしまっているからだ。 冷えた空気が、鼻に冷たい。 フト、足元の感触が変なことに気がついた。 鉄階段なのに、なんだか柔らかい。月明かりに見ると、なぜか畳敷きにな…

100人兄弟

なかよし100人兄弟。どこへ行くにも、一緒。 夜道を歩いているとき、いっせいに電話がかかってきた。 「もしもし。わたし100人リカちゃん。いまあなたのうしろにいるの」 ざざーっ。 100人いっせいにふり返るさまは、壮観だ。 先頭だったやつの目の…

おもちゃのうさぎ

風邪をひいて寝込んでいる。 自分の寝ている布団のまわりは、すりガラスのようにおぼろげだ。 いや、おぼろなのは自分かもしれない。 机の下から、うさぎが出てきた。 まっしろで、ふわふわのうさぎだ。 うさぎは立ち上がると、鼻先をもぐもぐさせながら、こ…

古墳公園

ロフトに寝ていると、すぐ手の届くところにある屋根の内側から、 何箇所も雨が漏り始めた。 こりゃひどいなあと思いながらひび割れを押さえたら、 かえって損傷を深めてしまったようだ。 いまや雨漏りは、水道の蛇口をひねったように、布団の上にしずくを垂…

掃除日

歩いていたら、後ろからトラックに追突された。 なんだか文句を言ってきたので、そいつを運転席ごとむしり取って、 びりびりにちぎって捨ててやった。 怒りがまだ収まらないので、後部の荷台と積荷も細かく分解。 道路の側溝にほうきで掃きこみ、水で流す。 …

泳ぐコーヒー人形

「こんなにたぷたぷになってしまったわ」 冷めたコーヒーの中から、コーヒー色の人形が出てきて言った。 外は雨。 ちいさな窓から、ぱらぱらと雨のにおいが入って来る。 人形は、ガラスのテーブルの上にちょこんと座った。 「わたしを、もういちどあたためて…

舞台で

広い舞台の上。 一台のテレビが置かれている。 テレビのブラウン管には、茶色の背広を着て山高帽の男が映っている。 画面はビジビジと横線が入って震え、直立の男も、まるでダンスを踊るように揺れる。 テレビの箱の天上部からは、水タバコのパイプのような…

文明の危機

社長室に呼ばれ、社長じきじきに怒られる。 そんな折、地震が発生した。結構大きい。 建物の揺れは、社長のデスクを動かし、座ったままの社長を部屋の隅っこに押し込めた。 「おいきみっ。なにをしとる。はやく助けんか」 言われて、われに返り、かけつける…

わが心のテキサス

近所に、ちいさな仕立て屋がある。 生活できてるのかな、というぐらい侘びしいたたずまいだ。 学校帰りのやんちゃな児童たちが、「テキサス!」「テキサス!」 と口々に声をかけ、走り去る。 道路からちょっと入った入り口には、犬が一匹つながれている。 こ…